まっつの歌詞考察ブログ

気になった歌の歌詞を勝手に考察していきます。

BUMP OF CHICKEN 「月虹」 に隠された心の治癒のプロセス

こんにちは🖐️まっつです。

今回はBUMP OF CHICKENの「月虹」について語っていきたいと思います。

月虹

月虹

わたしがこの曲を知ったきっかけは、「からくりサーカス」という漫画のアニメの主題歌でした。この漫画はメインの登場人物たちがエジプト神話の構成に似ていたり、そのメインキャラが戦いの象徴である隻腕となったり、原作では訳もなく2月16日の日めくりカレンダーが描かれていたり、象徴的な部分が多くみられる漫画でした。また錬金術的な部分も多く取り入れられていました。個人的に好きな漫画なので、皆さまも興味があったら見てみてください。この楽曲の読み方は「げっこう」と読みます。げっこうというと月に光の方が馴染みがあるように思いますが、こちらの月に虹の方のげっこうはその漢字が表す通り、月の光で見える虹のことを意味するみたいです。素敵ですね。わたしも一度は見てみたいものです。さて歌詞を見て行きましょう。

夜明けよりも手前側 星空のインクの中

落として見失って 探し物

心は眠れないまま 太陽の下 夜の中

つぎはぎの願いを 灯りにして

何も要らない だってもう何も持てない

あまりにこの空っぽが 大き過ぎるから

夜明けよりも手前側というと、一番暗いときとなります。進む道がわからず不安に駆られて心は休まらず、いつかよくなるという気持ちを灯りにして暗闇を旅するという人生を表現している様に感じました。

たった一度だけでも頷いて欲しい

鏡の様に手を伸ばして欲しい

その一瞬の 一回のため それ以外の

時間の全部が 燃えて生きるよ

僕の正しさなんか僕だけのもの

どんな歩き方だって会いに行くよ

胸の奥で際限なく育ち続ける

理由ひとつだけ抱えて

いつだって 舞台の上

人間は本当の自分を生きれているとき一番波動が高い、つまり一番エネルギッシュに活動できるようです。社会の中で順応さを求めて生きようとすると、自然にいろんな仮面をかぶって生きていくようになります。なぜなら、多くの人は本来の自分を押し殺して演じる方が楽と考えるからです。もちろんこれは共存の上ではとても大切なスキルです。しかし、この仮面(ペルソナ)を被り続けていると、好きな時に外せなくなったり、仮面をかぶっていることさえも認識できなくなってしまうものです。

思い出になれない過去 永久リピート 頭ん中

いまだ忘れられない 忘れ物

謎々解らないまま 行かなくちゃ 夜の中

今出来た足跡に 指切りして

同じ様な生き物ばかりなのに

どうしてなんだろう わざわざ生まれたのは

思い出になれない過去=トラウマだと思います。トラウマというのはギリシャ語で「傷」という意味を持つようです。顕在意識内でのトラウマは頭の中でぐるぐると繰り返され、思考が支配され行動が制限されます。歌詞の中にある「いまだ忘れられない忘れ物」は、潜在意識内さらには、それよりも深い領域にある自覚できていない領域にある傷、または未完了の体験のことを表現している様に思います。例えば、子宮内での体験や感情からくるもの、さらには過去世などのカルマ的なものもあるようです。これを再体験することで、カタルシス(治癒)が起こります。

世界が時計以外の音を失くしたよ

行方不明のハートが叫び続けるよ

あっただけの命が震えてた

あなたひとりの呼吸のせいで

いつかその痛みが答えと出会えたなら

落ちた涙の帰る家を見つけたら

宇宙ごと抱きしめて眠れるんだ

覚えてるでしょう

ここに導いたメロディを

この部分の歌詞は「ゲシュタルト療法」にリンクするものが多く感じられました。

ゲシュタルト療法は「未完了の状態」に気付くことで、自身の深いところから来る思考や行動の癖を解消していくセラピーです。わたし自身このセラピーを何回か受けたことがるのですが、とても面白いです。我々は自らの欲求を満たすためにいろいろな行動を起こします。たとえばのどが乾いたら水を飲むとか、お腹が空いたからご飯を食べるとかです。この欲求が満たされない状態のことを未完了の状態と定義します。欲求は満たされないままだとその欲求は増幅していきます。そして、その欲求が増幅していくと精神的な部分にも肉体的な部分にも影響を及ぼします。たとえば閉所恐怖症とか、水が怖いといったものも、幼児期、胎児期、先祖、過去世、それらをも超えたものから続く、未完了の状態から来ている可能性があります。ゲシュタルト療法のプロセスと歌詞を照らし合わせてみると、「行方不明のハートが叫び続ける状態」は、この未完了の状態、すなわち増幅された欲求の叫びであり、その痛みの答え(欲求)と出会う(再体験する)ことで、その欲求は解消され、それに伴う行動の癖や思考また身体的症状が解消される。こういったゲシュタルト療法をはじめとするサイコセラピーのプロセスを表現しているようにわたしは感じました。

耳と目が記憶を 掴めなくなっても

生きるこの体が 教えてくれる

新しい傷跡に 手を当てるそのたびに

鮮やかに蘇る 懐かしいぬくもりを

世界が笑った様に輝いたんだよ

透明だったハートが形に気付いたよ

どこに行ったて どこにも行かなかった

あなたひとりの呼吸のせいで

たった一度だけでも頷いて欲しい

どんな歩き方だって会いに行くよ

あっただけの命が震えていた

理由ひとつだけ 虹を見たから

いつだって 舞台の上

耳と目が記憶を掴めなくなる、つまり顕在意識では認識できない未完了の状態は、歌詞にある様に身体が覚えているのです。それは痛みだったり、筋肉の緊張として現れています。この身体の症状と未完了の状態は密接にリンクしていて、セラピーでは両方からアプローチすることが効果的な様です。臓器には感情が蓄積されると言われ臓器移植すると性格が変わるという話を聞きます。人体は約70%が水分でできています。水は波動(周波数、エネルギー)を受容し記憶する媒体です。前述の通り人間の体の約7割は水分なので、臓器にも多くの水分が含まれています。そのため臓器移植を行うと、元々の臓器の持ち主の感情が共有され、性格(考え方)が変わるのではないかと、わたしは思ってます。過去の未完了の体験は、意識的には覚えていなくても身体はしっかりと記憶し、それが我々の性格を作り上げている重要な要因なのです。いまだ忘れられない忘れ物(抑圧してしまった体験)を見つけることで、その欲求は解消されて本来の自分に近づくことができるのです。なので、人生という舞台上で巻き起こる快も不快も思いっきり体験することが大事なのです。どれだけ回り道をしたって、本来の自分を生きたいと魂は思っているのです。一見嫌だと思う出来事や症状は自己探究のきっかけを作るためのチャンスなのかもしれません。人間は本来の自分を生きれている時、一番輝いて見えます。きっと、そうすれば世界が笑っているかの様に素晴らしく思えようになるのでしょう。

あなたも自分自身の中にある虹が見えたなら、他の記事も是非読んでみてください。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

UVERworld「PHOENIX」自己変容に必要なものとは?

こんにちは🖐️

まっつです。

今回はUVERworldの「PHOENIX」の歌詞の意味について考えていきたいと思います。

PHOENIX

PHOENIX

まずこの曲名である「フェニックス」について調べてみました。フェニックスと言われて一般に想像される姿は炎を纏う不死鳥としてイメージされると思います。MVに登場するフェニックスも炎を纏ってましたよね。フェニックスというのは、フェニキア族の不死鳥の呼び名だそうです。不死鳥というのは、エジプト神話の「ベンヌ」という不死の霊鳥から意味を引き出せます。このベンヌは冥府の神「オシリス」の使いとして知られる鳥だそうです。このオシリスという神は「男根(ちんちん)を失った神」であり、土星の象徴です。土星は「死・時間・繰り返し」という意味を持ちます。ベンヌオシリスの使いなので、この土星のエッセンスを引き継ぎ、また灰の中から再生という寓話で「死・再生・周期」を象徴します。だから不死鳥は元々は炎を纏ってるわけではないんです。炎を纏うのはフェニックスになってからのようです。ちょっと長くなってしまいましたが、歌詞を見ていきましょう。

Born

PHOENIX

keep on,right on こりゃ最高

良いぞ 完成を前に BOM

いっそもっと才能開花

we go よっしゃ けしかけるか

地球ごと丸ごと乗りこなすカウボウイ

まさにもう鬼に金棒いけるでしょうチングwhy

絶唱 絶唱 絶唱

朽ちてから再生し進化する。「死-再生のプロセス」を表現しているように感じました。フェニックスの寓話そのものです。この変容のプロセスは万物に通づるものがあります。そして変容に伴うのは死ぬような苦しみの体験です。ちなみにこれは誰もが一度は体験しています。それは母親から生まれる時です。

舐めてかかるならば曝け出し

今から君たちの目を占領

誕生の日々も酷なり

幾度のOverkillを越え

Let's go奈落の敗北の残り火から

期待通り未体験な勝利景色に誘う

Ledies and Gentlemen

We are the legends, born for overkill

This moment is ours

We are the ledends, born for overkill

この俺が

I'm フェニックス

灰の中から創造 フェニックス

破壊の果て再生 フェニックス

I'm フェニックス

永遠に飛び続ける フェニックス

This moment is ours

燃え尽きた先の炎 フェニックス

破壊の果て再生 フェニックス

永遠に飛び続ける フェニックス

「No.1」、「99/100騙しの哲」、「誰が言った」などの楽曲からもわかるように、彼らは相当な苦難の果てにメジャーデビューをしていることが伺えます。英語の部分の訳はこんな感じでしょう。

「俺らは死ぬような苦難の果てに生まれた伝説」

「この瞬間は俺たちのもの」

なんともかっこいいですね。今どん底に沈んでる人にも変容手前だと言い聞かせると、少しはやる気も湧いてくるのでは無いでしょうか。もちろん、そこから舞い上がるような炎になれるかは自分次第です。UVERworldの他の曲でも歌われていたように、全ては自分次第です。

BORN

旅人から KING

生き様語る SING

解放の音鳴らす

この命無限に響く

絶唱、、、

お前の壁は不死鳥の如し

ちゃちなメッキは無い

トドメ刺せない亡霊だ

覚悟決めてこい

This moment is ours

誰もが人生という舞台の旅人です。その中でKING、つまり永遠の命を悟るには、トドメを刺せない亡霊、すなわち、「自我」を殺すことによって達成されるのだと思います。死は再生の象徴。この変容のプロセスには、日々の努力は必要不可欠で、その積み上げたものを爆発させるには、「覚悟」という起爆剤が必要だとと思います。先ほども書いた通り、この起爆剤の導火線に火をつけるかどうかは自分次第です。UVERwordは自身の作品と生き様で、その火をつける作業の手助けをしてくれていると私は思います。

いかがだったでしょう。この記事があなたの中で燻る火種に少しでも酸素を供給できましたら、他の記事も是非見てみてください。

 

 

 

自己変容のプロセスを促すUVERworldの歌【BABY BORN & GO】

こんにちは🤚まっつです。

今回はUVERworldの「BABY BORN & GO」について語っていきたいと思います。

BABY BORN & GO

BABY BORN & GO

この曲は2012年の歌で、わたしは高校生ぐらいの時でした。当時はアップテンポで闘争心を掻き立てるようなメロディーで、かっけぇなぁとしか思っておりませんでした。しかし、いま歌詞を見て感じることは、この曲は自己変容のプロセスを促すようなメッセージ性に富む歌詞だと感じています。

早速歌詞を見ていきます!

Play

Yeah Ha-Ha yeah shack it

To the world 演奏のbgm

Everybody baby can go high

モクモクと煙 火の無い心に放火

新しき招くための儀式

Ready go oi

Check it check it boom

「自己変容」には何が伴うと思いますか?

それは苦しみや試練的なものです。人は火に焼かれるような体験、水の冷たさに打ちひしがれるような体験を経て、どん底まで落ちそこから這い上がることでパワーアップして再生されます。刀鍛冶で考えてみても同じです。たたら場で作られた鋼は、真っ赤になるまで熱せられて金づちでぶっ叩かれて成形されながら不純物を飛ばします。次に焼き入れ作業の工程に入ります。これは熱した刀を水に漬けて鋼の組織を変化させ、鋼に靭性と硬さを持たせます。また植物で考えてみても同じです。木の実をつけて熟すと鳥に食べられたり、枝から落ちて腐ったり苦難に思えるような出来事を迎えたのち、大地に返りまた新たな芽を出します。灰が大地に帰り新たな生命の栄養となるのも同じです。我々一人一人は大自然の一部であることを忘れてはいけません。変容と再生のプロセスは植物も人間も同じです。もっと言ってしまえば天も地もすべて同じです。この歌詞で出てくる新しき招くための儀式というのは、まさに自ら試練的な体験に身を置くことを言っているのではないでしょうか?その試練に立ち向かう勇気をUVERwordは放火という言葉に喩て僕らに伝えてくれているような気がします。

ロックしていこうぜ へこんでる場合じゃねえぞ

群衆の中でも遠慮はいらんぞ

ここにいる演奏者6人と俺らと

これを聴く お前合わせれば7人だ

うっかりしてんな 古き良きを知れ

タルイことやっている時間は無いな ah

茄子の牛より キュウリの馬

蝉の七日間のように

群衆の中でも遠慮はいらない、これは周りに流されるなという教訓だと思います。たとえば、そこに道が出来ていたとしても横の森へ飛び込むようにね。笑

古き良きは正しいことが多いと思います。ことわざだって理にかなっていることが多いです。もちろん時間が経つにつれて本当の意味が失われていってしまうものもあると思いますが、、、

また古き良きものは、我々の先祖が自然からインスピレーション(霊感)を受けたものが多いと思います。

我々生命は生まれてきた瞬間に死がつきまといます。つまり時間に制限があるということです。蝉も7日間で必死に鳴き種族をつなげようと試みます。

あと歌詞の中に我々も含まれているところがいいです!

モクモクと煙たたして行こうや

火の無い心に俺が放火

新しき招くための儀式

You ready you ready  you ready

Everybody baby can let it go

Everybody baby can let it go

全てを手放したときに必要なかったことに気づく

Baby can let it go もっと もっと

組み込まれるシステムじゃなく

手につかむ藁を放してみろよ

Time to go(yeah)

Time to go(listen)

Time to go(check it out) 

サビですね😊

みなさんは、全てを手放したときというのは、どのような状態だと思いますか?

わたしは解脱した状態だと思います。つまりエゴが溶けた瞬間だと思います。学校の教育や社会で作られたマトリックスをぶっ壊せれば、人間は翼が生えたの如く無限に羽ばたけるというメッセージをこのサビで感じました。でも生き物は変化を恐れ平常を好むものです。特に人間はそれが色濃く出る生き物だと思います。死を恐れ藁をもすがるような気持ちになってしまうのもそれゆえでしょう。

Check it check it boon

進みすぎた文明にいささか困惑

技術大国環境下のもとで

便利を超えた神にも似た力

そこで失った人間らしさ

Uh 捨てちまえ煩悩の根源

ポッケの裏に隠す馬鹿は門前払いだ こりゃ失敬

そうだ真っ直ぐだその突き当りをまだ真っ直ぐだ

本当の大切は何?本当の守りたいものは何?

ラクタに囲まれてることさえ

俺たちは失ってからしか気づけない

Time to go(yeah)

Time to go(listen)

Time to go

You ready you ready  you ready

煩悩の根源=いろんな自我(エゴ)だと思います。しかし、このエゴ達は紛れもない自分の一部です。無くすことはできません。でも多くの人がこのエゴを悪だと思い、ポッケの裏に隠したくなるものです。もちろん私自身もそうです。しかし、悪だと思っていた自分から逃げずに向き合うことができれば、別の正義であることを悟れるようです。自分の中にいる自分をより多く認めることで、ベクトルが揃い力が増します。そうすれば突き当りの壁もぶち壊して真っ直ぐ進めるのでしょう。

Anybody baby can't let go

Anybody baby can't let go

順応さを求めて 自分らしさを失う

Baby can't let go

ずっと ずっと 文明に溺れながら

人間らしさを失って行く

Time to go(yeah)

Time to go(listen)

Time to go(check it out) 

Un deux trois

Hey! Come on bad scream

出口の無いラビリンスそんな時は

第六感を辿りな(goodbye to myself)

そんくらいの覚悟なしにいける程単純じゃねぇぞ(goodbye to myself)

Nobody knows 日々をライトに透かして

Everyone does not know

取り乱す最終的感情無くす

そんなサイボーグじゃな

長いものに巻かれるほうが楽です。でもそれは自分をポッケに隠している状態なので、自分を生きられていない状態です。AIが発達して神にも似た力を備えた世の中で、そんな自分におさらばしないと、なーんにも考えれないAI以下のサイボーグになってしまうという警告のよう聞こえます。

Hey モクモクと煙たたして行こうや

火の無い心に俺が放火

新しき招くための儀式

You ready you ready  you ready

Time to go(yeah)

Time to go(listen)

Time to go

ホントノ大切ハ何?

Anybody baby can't let go(time to go)

Anybody baby can't let go(time to go)

Li-li-lo li-li-io(time to go)

You're bad scream yeah]

Anybody baby can't let go

Anybody baby can't let go

暗闇で君に触れる見えないものを信じれた日

Baby can’t let it go

そっと そっと 目を閉じて君に触れる

何を探してたのかに気づく

Time to go(yeah)

Time to go(listen)

Time to go

探し当てろよ

Time to go(no)

Time to go(listen)

Time to go]

Un deux trois

Hey! Come on bad scream

最後の部分は神秘的なフレーズが多いような気がします。探しているものはすべて自分の内側にあります。なぜなら人間は小さな宇宙だからです。上の如く下も然り。こんなこと書いている私自身もまだ頭でわかった気がしているだけなんですけどね😓でもきっと変容してみせます。ちゃんと自分を生きられるように。

最後までみていただきありがとうございました。

皆さまの意見も参考になりますのでコメントお待ちしております。

 

 





藤井風「満ちてゆく」について語ってみた

こんにちは✋まっつです。

今回は藤井風さんの「満ちてゆく」について語っていきたいと思います。

満ちてゆく

満ちてゆく

  • 藤井 風
  • J-Pop
  • ¥255

早速歌詞を見ていきましょう。

走り出した午後も 重ねあう日々も

避けがたく全て終わりが来る

あの日のきらめきも 淡いときめきも

あれもこれもどこか置いてくる

それで良かったと これで良かったと

健やかに笑いあえる日まで

「始まり」が生まれたと同時に「終わり」も生まれます。形あるものすべて崩れる。諸行無常の理を説いていると思います。「それで良かった、これで良かった」という部分は、後悔を手放すという意味が感じられました。

明けてゆく空も暮れてゆく空も

僕らは超えてゆく

変わりゆくものは仕方がないねと

手を放す 軽くなる 満ちてゆく

満ちてゆく

「明けてゆく空、暮れてゆく空」で陰と陽を表現していると思われます。空と同じようにわたしたちの心も同じように日が昇るときも、沈むときもあると思います。でもその繰り返しを経験して人生に深みが出るのではないでしょうか。

手にした瞬間に無くなる喜び

そんなものばかり追いかけては

無駄にしていた”愛”という言葉

今なら本当の意味が分かるのかな

愛される為に 愛すのは悲劇

カラカラな心にお恵みを

手にした瞬間に無くなる喜びは、「渇愛」のことだと思います。現代の「愛」の意味は、この渇愛であると私は感じます。渇愛というのは仏教用語で執着という意味になります。似たような歌詞がこの曲にも歌われております。探してみてください😊

 

matsu5858.hatenablog.com

 

あと「愛される為に愛すのは悲劇」この曲のパンチラインだと思いました。

上記の愛されるための愛とは、完全に自己中心的なものと感じます。

本当の愛とは何でしょうか。

晴れてゆく空も荒れてゆく空も

僕らは愛でてゆく

何もないけれどすべて差し出すよ

手を放す軽くなる満ちてゆく

開け放つ胸の光 闇を照らし道を示す

やがて生死を超えて繋がる

共に手を放す軽くなる満ちてゆく

晴れてゆく空も荒れてゆく空も

僕らは愛でてゆく

何もないけれどすべて差し出すよ

手を放す軽くなる満ちてゆく

いろいろな気持ちや概念を手放していくと真実が見えてくると思います。何より気持ちが軽くなると思います。でもこの気持ちや概念は身体の一部になっているので、引きはがすのが難しいどころか、気付けないかもしれないですね。気付くためには良いことだけではなく辛い経験も必要なのでしょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

藤井風さんの曲の記事は他にもあるのでよかったら見てみてください。

 

matsu5858.hatenablog.com

matsu5858.hatenablog.com

matsu5858.hatenablog.com

 

 

UVERworldの「ゼロの答」について語ってみた

こんにちは🤚まっつです。今回はUVERworldの「ゼロの答」について語っていきたいと思います。わたしはUVERworldを小学生の頃に知りました。アニメ「BLEACH」OPの「D-tecnoLife」を聴いて、かっけぇ、、、と感動した以来、BLEACHのベストアルバムで、よーくD-tecnoLifeを聴いてました。その後、深夜にテレビで流れていた「Colors Of The Heart」に耳を奪われ、即座に画面を見るとUVERworld2枚目のアルバム「BUGRIGHT」のCMでした。めちゃめちゃ欲しくなって、お母さんに頼んで買ってもらいました。(わたしの影響で母親もハマっていたので、難なく買ってもらえました笑)買ってもらった時のことは、今でもよく覚えております。そんなわたしにとって最初のUVERworldのアルバム「BUGRIGHT」の一曲目の曲が「ゼロの答」となります。UVERworldは、中学生の頃にバーっと同級生も流行り出して、この曲の「答」の部分の読み方が「とう」なのか「こたえ」なのかの論争が勃発したものです笑。あー、懐かしい。前置きが長くなりましたが、歌詞を見ていきましょう。

たとえば明日がこないとしたら

僕が生きた過去も今もゼロになり

無意味な物になるのかな

時の上で立ち止まり 君に問いかける

明日がこない=死 と考えられます。

死んだら何にもなくなって無意味なものになっちゃうの?

わたしも死後については気になるところです。

皆様は「死」という言葉を思い浮かべると、どういう感情が湧きますか?多くの人は「恐怖」が湧き起こるのではないでしょうか。きっとそれは、死というものが何かわからないから怖いのでしょう。

また「死=痛い、苦しい」という概念があるからかもしれません。

雪が溶けて消えるように

僕の命も終わりがあって

だからこそ輝ける

僕らの見えない未来

強く生きて最後は笑っていたいから

早速サビです。

この「雪が~♪」のハモり部分めっちゃ好きです。

この世のものは常に変化しており、生滅しないことはない「諸行無常」ということを、雪が溶けるさまに喩えて歌っていると思います。生まれてきた瞬間「死」は付きまといます。逆に言うと、死という存在があるからこそわたしたちは輝ける(生きている)のでしょう。

うわべの友情や愛情なら僕はもういらない

人は死ぬ前に何かを思い出すというなら

僕は人を愛したことを思い出すだろう

わたしも、うわべの友情や愛情ならない方が良いと思います。偽物の友情、愛情ほど悲しく思うものはありません。

死ぬ前に思い出すことが「愛されたこと」じゃなくて「愛したこと」であるところが素敵ですね。UVERwordのOXYMORONという楽曲でも「最後に残るのは自分以外に与えてきたもの」と歌っていましたからね。

UVERworld「OXYMORON」について語ってみた! - まっつの歌詞考察ブログ

雪が溶けて消えるように

僕の命も終わりがあって

だからこそ歌える

僕らの見えない未来 光放ち始める

just be dreaming,shining

きっとTAKUYA∞にとって生きること=歌うことなのでしょうね。そして彼らにとって見えない未来は暗闇ではなく、夢(光)に満ち溢れ眩しくて見えない未来なのだと思います。

青空が最後に告げた言葉の色

僕に答えをくれた a life is mine

考えすぎ ためらいの後悔

何もしないよりは 充実の後悔を

最初の詩的な部分が素敵だなと思ったのと、英語の「人生は私のもの」という部分がとてもかっこいいです。あと「充実の後悔」これめっちゃめちゃいい言葉と感じましたし、失敗を恐れて行動できない自分に強く刺さる言葉でした。

いつまでも 続けと願っても

僕の命は終わりがあって

だからこそ輝ける

今と向き合う意味を

声をからし 叫んでるから

わたしが思うところの「今と向きあう意味」というのは、物事に逃げずに立ち向かうことの大切さだと思います。苦労は買ってでもしろと昔から言われるように、成長には苦悩はつきものだからです。

僕らの生きていく世界は

毒もあって 時に愛も踏みにじられる

それでも 最後の日に

愛されたことも思い出せますように

この世界は理不尽なことでばかりです。歌詞にもあるように愛を踏みにじられることもあるでしょう。そんな中でも愛されたことに気付ける心を持てるようにと願いが込められているように感じました。

青空が最後につけた言葉の色

僕に答えをくれた a life is mine

考えすぎ ためらいの後悔

何もしないよりは すべてをかけて生きたい

いかがでしたか?

わたしにとってこの歌は、どんな未来が待ち受けようとも笑っていられる強さ、つまり、いつも死が隣り合わせだということを忘れずに悔いのないように今を生きる大切さを教えてくれる歌でした。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

 

ゼロの答

ゼロの答

 

UVERworld「ほんの少し」について語ってみた

こんにちは✋まっつです。

今回はUVERworldの「ほんの少し」について語っていきたいと思います。

9枚目のアルバム「TYCOON」の11曲目に収録されています。

また、こちらは「1秒先 向かう者と ただ訪れる者-第二話-」テーマソングとなっております。

さて歌詞を見ていきましょう。

僕は君より少しだけ 強いのかもしれないね

そうだったとしよう

誰だってそうさ 置いてかれる方が辛いから

安心していいよ 最後の日は

少し強い

僕が見送るよ 君が寂しくないように

たった1秒でも この世に長く残ると約束するから

君が眠ったあと僕も隣で眠りに就くよ

抱きしめたままで夢を見るよ

そこで会えるように ほんの少しでも

わたしは、大切な人には自分より長生きしてほしいと思っていましたが、この曲を聴いて、お別れの時に見送る方がつらいことに気が付きました。

ほんの少し 君より強いと思ってた そんな僕が

君を残して この世から先に  旅に出てしまっても

安心していいよ最後の日も笑っていてね

僕が生まれた日も 誰かが死んでしまったように

僕が死んでいく日も 誰かがまた生まれてくるから 寂しい日なんかじゃないよ

でも君が死ぬ日は 世界中哀しんでほしいんだよ

君がこの世にいない そんな哀しみは

僕一人の涙じゃ とても足りないよ

ここでは、大切な人の特別さが表現されており、ラブソング感が強いところだと思いました。

1秒先へ向かう者と ただ訪れる者

置いてくことと 置いてかれる哀しみの差は

長く生きることは たくさん別れがあるということなら

僕は少し強いから

「1秒先へ向かう者」は「毎日を生きている人」で、「ただ訪れる者」は「死」なんじゃないかなあと感じました。世界はあなたを傷つけないように設定されておりません。長く生きるということは、それだけ傷つく機会が多くて、別れも多いです。でも、これらの苦痛は、あなたを強くさせるきっかけとなります。いつだって成長には、苦悩がつきものですからね。

どちらが先でも 君に笑っててほしいんだよ

心配しなくていいよ あの世でも来世でも

必ず見つけてあげるから

永遠の愛とか 命を懸けてだとかさ

歌ってる奴が嫌いだった 嘘くさいと思ってたのにさ

君を見てたら 僕も歌いたくなる

ここもラブソング度が高いですね。こんだけ想いが強ければ、きっと来世生まれてくる顔にはえくぼをつけているのでしょう。

僕は

ほんの少しでも 強くなって

ほんの少しでも 長く生きて

ほんの少しも 寂しい思いさせないよ

だから君も

ほんの少しでも 長く生きてね

ほんの少しでも 一緒にいよう

ほんの少しでも 離れたくない

ずっと君より ほんの少し強くいるよ

人は人のために行動するとき、遺憾無く力が発揮されます。きっと歌詞の中の「僕」は、元々強いわけではなく「君」という存在がいたからこそ強くなれたのでしょう。だから「君」は「僕」にとって、自分を変えてくれた人だから、運命の人となりますね。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました♪

 

 

 

UVERword「MEMORIES of the End」について語ってみた!

こんにちは✋まっつです。今回はUVERwordの「MEMORIES of the End」について語っていきたいと思います。こちらの曲は43枚目のシングルで、日本テレビ系列の日曜ドラマ「ACMA:GAME アクマゲーム」の主題歌でもあります。

MEMORIES of the End

MEMORIES of the End

さて歌詞を見ていきましょう。

Heard Love’s Hum

目を閉じれば君しかいないのに

目を開ければ君だけがいない

そんな日が 君を守れないならせめて一緒に消え去りたい

視覚的に目の前に居ないことを考えると、ここのフレーズでは祈りや想う力が連想されました。

そう 今日もこれまでのように

世界では残酷な事が繰り返されるだろう

離れた場所からそれを見て

人は哀しんで  心から無事を祈って

誰しも  その後に自分の身に起こらず

胸を撫でおろす世界で

戦争、飢餓などで苦しんでいる人たちは、きっとたくさんいるのでしょう。わたしは現場を実際見ておりませんのでわかりませんが、きっとニュースで流されないような酷い現実もあると思います。一方、日本は他の国と比べるとものすごく治安が良いようです。これは幸せなことですが、適当な自由を与えられて時間(命)を無駄に消費させられていることも頭に入れておいたほうがいいかもしれません。人は苦痛によってもコントロールできますし、快楽によっても支配できます。本当の自由とは何でしょう。だいぶ話が逸れてしまいました😓

今夜 君が愛した人を思い浮かべる時

幸せでいてくれるなら 僕じゃなくてもいい

でも 最期の日に君が一番愛してくれた人を思い浮かべる時に

僕であればいい

サビです。ここで素敵だなと思ったのは、「君が愛した人」になりたいのではなく、「君が一番愛してくれた人」、言い換えると「君が一番愛してくれたと思う人」になりたいと願うところです。確かに一番愛した人の最期に「あー、今思うとあの人が一番本当にわたしのことを思って、接してくれた人かもな」と思われるほうが嬉しいかもしれませんね。UVERwordの「OXYMORON」の歌詞でもあるように、最後に残るのは、集めてきたものじゃなくて、自分以外のために与えてきたものです。もちろん良いと思うことも、悪いと思うこと、どちらもですよ。

君が既に雨に打たれる日は

僕も傘を下ろし ずぶ濡れになり

晴れるのを楽しみに待つんじゃなくて

こんな時こそ 君をどう楽しませられるかを企てたい

一緒にずぶ濡れになるときも時には必要ですが、天気を変えるのはむつかしいので、自分が太陽になればいいという前向きな気持ちと守ってあげたいという気持ちが伝わってきて素敵だなと思いました。

そして今日までも

人より雨に打たれて来た道のりなのは

そんな僕だけが

雨の中でも 泣いている君に

気付いてあげられるように

人より雨に打たれたということは、それだけ優しくなれるはずです。そして雨に打たれた分、成長していることでしょう。人は苦悩からしか学べません。雨の中、傘をさしてあげるやさしさもいいですが、雨の中での踊り方を教えてくれる人が最強のやさしさかもしれません。

君を想う1秒は 永遠の価値のよう

君の知らぬ永遠は 1秒の価値もない

君のいない明け方は 暗い夜へ向かう道

君と過ごすこの夜は 希望の夜明け

好きな人とであれば、そこら辺の公園だろうが、コンビニの駐車場だろうが、楽しくありませんか。どこにいるかじゃなくて、誰と居るか、が重要だと思います。

嵐の中の ため息も

大きな心の 小さな傷も

咲き誇る 花に埋もれてしまっても

まだ開く前の 君は蕾なんだと

水の中で 君が泣いていても

僕だけは気付いてあげるよ(気付けるよ)

嵐の中でのため息は小さすぎてかき消されてしまうでしょう。大きな心の小さな傷も遠くから見たら気付けないでしょう。しかし、UVERwordは真っ黒な壁に黒のスプレーで書かれたメッセージも、咲き誇る花に埋もれてしまっている蕾(わたしたち)がいることを気付いてくれています。みんなもとは蕾なんです。誰でも花を咲かすことができる存在です。でも花を咲かすには、雨と太陽が必要です。雨に打たれることで地中から栄養を吸い上げることができ、また太陽に当たり自信を得て花咲かすことができます。前述したように、人は苦悩からしか学ぶことはできません。でも蕾のたとえで考えてみると苦悩は恵みの雨であり、その雨を堅忍不抜の心で堂々と打たれることで蕾は花を咲かすことができるのだと思います。これは「REVERSI」の「敵も味方も平等に価値を感じる」というマインドにもつながると思います。UVERwordはきっと、誰もが見ていない花畑でも、あなたが花開いたときは見つけてくれるはずです。負けずに生き切りましょう。

最後まで読んでいただきありがとうございました。